2016年09月29日

朝鮮の少年が見た軍艦島、そして朝鮮戦争(講演案内)

皆さま

明日ですが、「グ・ヨンチョルさんの話を聞く会」が開催されます。
少年の目に映った当時の軍艦島はどのようなものだったか、そしてその後の波乱に満ちた日々とその思いを話していただきます。
ぜひ、この貴重な証言を聴きにおこしください。

(以下、案内より)
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グ・ヨンチョルさんの話を聞く会

場所:教育文化会館 403号室
日時:9月30日(金) 午後6時〜7時30分 

朝鮮の少年が見た軍艦島、そして朝鮮戦争

1939(昭和14)年、父親が働いていた軍艦島にやって来て、その後端島国民学校2年から高等科1年まで、6年間家族と共に滞在した具然普iグ・ヨンチョル)さんが71年振りに軍艦島を訪ねます。キョレハナ(民族は一つ)という団体のウルサン支部、チャンオン支部の人々と一緒に来崎します。

 朝鮮の少年に当時の軍艦島の生活がどう映ったか、その実情を話してもらえるだろうと思います。また彼は帰国後パルチザン活動をした人で、朝鮮戦争の休戦協定締結の1年後、1954年4月に釜山で逮捕、無期懲役で収監。1960年李承晩を倒した4・19民主革命により、20年に減刑、1974年釈放。その後は国家保安法と警察の監視の下で苦労してきた非転向長期囚であった人です。

 そんな意味では、韓国の戦後民衆史を担ってきた一人でもあります。韓国の民主化により、90年代になり、韓国の市民運動、組合活動家達の交流も行われ始めました。
韓国の市民運動の人は、「彼の存在は途切れた歴史を結ぶ飛び石の役割をしてくれる。荒々しい激流に沈んだ橋の基盤を支えてくれる飛び石だ」と尊敬に満ちた言葉で表現しています。

 北朝鮮の核実験、韓米(日)の軍事演習など戦争前夜の光景が伝わってきます。グ・ヨンチョルさんの話を聞き、戦後の東北アジアの歴史を振り返ることも意味あることだと思っています。


以上

posted by toratanu21 at 08:17| 長崎の平和運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

ドイツでの被爆体験講演記事

皆さま

岡資料館では、「ドイツに学ぶ旅」として、この8月27日から9月3まで、ドイツのカールスルーエ、ベルリン、ハノーファー、ニュールンベルク等をめぐってきました。そのなかで、長崎の元教員の末永浩さんが自身の被爆体験を講演しました。その模様が東京新聞に取材されていますのでご覧ください。
※なお、11/23(水・祝)13:00〜15:00にこの視察旅行の報告会を行いますので、是非ご参加ください!
       
核兵器無き世界の実現を 長崎の末永さん、独で原爆体験語る(2016.8.30付 東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201608/CK2016083002000115.html

posted by toratanu21 at 11:24| 資料館あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

「横浜事件を生きて」上映会

横浜事件写真.png
「横浜事件を生きて」上映会

横浜事件は、戦前・治安維持法下の最大の言論弾圧事件と言われ、雑誌編集者や新聞記者約60名が逮捕され、拷問により4名が死亡しました。「横浜事件を生きて」は、当時中央公論社の社員であった木村亨さんの、戦後の名誉回復と国家賠償の闘いを描いたドキュメンタリーです。
既にポツダム宣言を受け入れ、敗戦を迎えたのちの8月下旬から9月にかけて、横浜事件で起訴された約30名の人たちに対し、判決が下されました。全員執行猶予付きの「有罪判決」でした。
明らかな冤罪であり、取調べ段階ですさまじい拷問が行われ4名もの死亡者を出しているのに、法的には「犯罪者」の烙印をおされたままというこの理不尽。1986年から、木村さんが中心となって再審請求が行われました。この「横浜事件を生きて」は、1990年、最高裁判決が出される直前に作られたものであり、その後の第三次再審請求(再審開始を決定した)には触れられていませんが、木村さんの魂の叫びは強く胸を打ちます。特定秘密保護法や安保法制が制定され、政府が再び国民の言論を封殺しようともくろんでいる今日、横浜事件
と真正面から闘った木村さんの姿からは学ぶべきものが多くあります。
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日時:10月2日(日)開場13:30 上映14時〜
場所:教育文化会館2階・大会議室
料金:資料代として300円(高校生以下は無料)

内容:1・DVD「横浜事件を生きて」上映(60分)
   2・岡記念館展示「弾圧に抗し戦争に反対した人たち」解説
   3・意見交換
以上
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2016年08月15日

2016年長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会メッセージ 

朝鮮人原爆犠牲者追悼碑.gif
  長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会メッセージ

 米軍がこの長崎の街にブルトニューム原子爆弾を投下したあの日から71年目の朝を迎えました。私たちは朝鮮人原爆犠牲者に思いを馳せて追悼碑の前に集っています。どれほど無念であったことでしょう。この追悼碑は牧師で市議会議員でもあった岡正治先生の尽力によって1979年8月9日に建立されましたが、「無論、このささやかな追悼碑の建設によって、かつて日本帝国主義が、朝鮮を武力で威嚇し植民地化し、その民族を強制連行し、これを虐待酷使し、強制労働に従事させ、遂にはあの悲惨な原爆死に至らしめた戦争責任は決して消滅するものではない」、「さらにこの地上から核兵器が絶滅されるように積極的に行動する決意を新たにするものである」と述べられた建立式式辞をあらためて思い起こします。以来37年、日本の戦争責任を追及するとともに核兵器の廃絶を願った岡先生のこの思いはどれほど達成されたでしょうか。
 九死に一生を得て帰国した韓国・朝鮮人被爆者の援護にしても、日本政府は国内被爆者との平等な待遇を拒み続け、在韓被爆者の積年の裁判闘争によって、不完全ながら被爆者援護法の適用が実現したのは2003年のことでしたし、医療費の平等支給が最高裁判決によって実現したのは戦後70年を過ぎた昨年9月のことでした。しかも朝鮮民主主義人民共和国の被爆者は未だに何の援護も受けられず完全に見捨てられています。加えて、被爆者健康手帳の取得に証人もしくは証拠資料を求め続け、本人の証言がどれほど信憑性が高くても、手帳の交付申請を却下する事例が跡を絶ちません。韓国の政府機関である強制動員被害調査委員会が動員と原爆被爆を認定していても何ら考慮されません。時の壁のみならず、日本の戦争責任という朝鮮人被爆者の歴史的背景を無視した暴挙といわざるを得ません。因みに申請者の証言数例が長崎在日朝鮮人の人権を守る会発行の『原爆と朝鮮人』第7集にあります。
 非人道的な兵器として核兵器の廃絶を訴える国際世論は高まりつつありますが、核兵器保有国の反対のみならず、日本政府もこの国際世論に背を向けて米国の核の傘に依存し、核先制不使用宣言の検討にさえ異議を唱えました。被爆国日本に対する内外の批判と失望はもとより避けられません。本年5月27日、米国のオバマ大統領が広島を訪問して長文の所感を表明しましたが、原爆投下に対する謝罪はなく、「核兵器のない世界を目指す勇気」を表明したのみで具体的な対策が示されなかったことは衆目の一致するところです。「落胆した」という率直な感想が内外の被爆者から寄せられました。また、オバマ大統領は日本人被爆者と会い抱擁しましたが、そこには韓国人被爆者の姿はありませんでした。「現地を訪問した韓国人被爆者たちは、オバマ大統領が『韓国人原爆犠牲者慰霊碑』を訪問しなかったことについて、残念な気持ちを隠せなかった」とハンキョレ新聞は速報で伝えるとともに、「韓国人被爆者に言及したのは不幸中の幸い」としつつも、「今日のオバマ大統領の訪問式典に韓国人被爆者は1人も入れなかった。今朝、あまりにも悔しいので広島市長に電話して、なぜ入れてくれないのかと抗議した」という広島での被爆者の声を報じています。「韓国人被爆者が1人も入れなかった」のは、広島市長の独断ではなく日本政府が「入れさせなかった」からに違いありません。韓国原爆被害者協会がオバマ大統領に「慰霊碑への献花」を事前に要請していただけに、日本政府はこれをも阻止した疑いがあります。韓国政府も同様の要望を「外交チャンネルを通じて米国政府側に伝えた」(同紙)とのことですが、韓国からの要請の有無にかかわらず、3万人もの朝鮮人が広島原爆の犠牲となったそもそもの原因を思えば、安倍首相こそはオバマ大統領と共に「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」に赴いて謝罪すべきであったと確信します。それは一昨年8月に長崎を訪問したオリバー・ストーン監督が、「米国の原爆投下の失敗は無差別大量虐殺の国際法違反というだけではなく、日本国民に被害者意識を植えつけ、加害国日本を被害国に変貌させたことにある」と語ったことを彷彿とさせるからです。さらには、ノーベル平和賞を受賞したパグウオッシュ会議のジョゼフ・ロートブラット会長(当時)が長崎での講演(1995年夏)で、「マンハッタン計画は当初からソビエトが敵であり、ソビエトを打ち負かすために始められたものだということを最高責任者グローヴズ将軍から直接聞いた」、「従って、広島・長崎の破壊は第二次世界戦争の終結というよりも、冷戦の始まりを意味する」と語ったことからも明らかなように、原爆投下の目的が当初から対ソ戦略の一環であったことをオバマ大統領が知らないはずはないからです。

 以上の見地に立って、私はつぎのとおり、日本政府に要求します。
一、被爆者健康手帳の申請には最大限本人の証言を重視して対応すること
一、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者に被爆者援護法適用の道を開くこと
一、安全保障関連法を廃止し、憲法9条を厳守すること
一、日朝ピョンヤン宣言に基づき、朝鮮民主主義人民共和国と国交を正常化すること

   最後になりましたが、早朝にもかかわらず、多数ご参集くださいましたことに厚く御礼を申し上げます。
  2016年8月9日 
                        長崎在日朝鮮人の人権を守る会代表   實 康 稔
posted by toratanu21 at 23:31| 主なニュース・ご案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

資料館の冬休み 2015〜2016 

Rこたつねこ2.jpg

今年は資料館20周年、皆さまには様々なご支援ご協力をいただき、改めて感謝申し上げます

さて、今年の資料館冬休みは
12月28日(月)〜2016年1月5日(火)

となります。

帰省や観光で来られ、その折にぜひ資料館を見学したいという方は、事前に以下のメールアドレスまでご連絡ください。
tomoneko@ngs1.cncm.ne.jp

それでは皆さま、よいお年を

posted by toratanu21 at 08:44| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする