2015年02月08日

「『日本国憲法』の成立」近現代史講座第5期第5回ご案内

kingendaikouza5.jpg皆さま

「テロとの戦い」を標榜し、捕虜となった人たちを見殺しにしてしまうような安部政権が、数をたのんでやりたい放題を行っています。そして同時に、着々と「戦争ができる国」へと変える準備がなされている今、日本国憲法がどのような経緯をたどってつくられたのかを知ることは、改憲勢力の「押し付け憲法」論に対抗するためにも、非常に重要です。
ぜひ、多くの方ご参加ください。

日本の近現代史 第5期 第5回
「日本国憲法」の成立
レポーター  国武雅子さん(大学講師)
 日時:2015年2月14日(土)14時〜16時
 場所:長崎県教育文化会館 401号室 (長崎駅前電停より徒歩3分)
※どなたでも自由に参加できます。参加費(資料代)300円が必要です。
【講座概要】
 多くの人々を苦しめた長い戦争を日本はポツダム宣言を受け入れるという形で終えた。それは非軍事化と民主化に向けての改革を行う占領軍を受け入れるということであり、新しい国の形をつくるということでもあった。そして「日本国憲法」が生まれた。
 1945年10月、GHQに憲法改正を指示された幣原内閣は、憲法問題調査委員会(委員長・松本烝治)を設置した。しかしこの委員会が作成した改正試案は天皇の統治権を認める保守的なものであったため、GHQは憲法研究会の草案なども参考に改正案を作成し日本政府に提示した。これにもとづいて作成された政府案が帝国議会で審議され、日本国憲法として1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。
 確かに日本国憲法成立の過程で、GHQ・アメリカ政府の関与があった。しかし、そのことがこの憲法を否定する根拠になるであろうか。重要なのは憲法の内容と作成に関わった人々の思い、受け取った日本人の心情ではなかろうか。
 新しい憲法は、主権在民・平和主義・基本的人権の尊重の3原則を明らかにした画期的なものであった。多くの国民はこれを歓迎し、変えることを望まなかった。そしてその憲法のもとで、日本は長い間平和を維持してきた。
 そもそも明治以来の憲法を変えざるを得なかったのは、その憲法のもとで、日本が無謀な侵略戦争を起こしたからである。「大日本帝国憲法」に回帰するような「改正」を叫ぶ人々はそのことを忘れている。また人民から見れば、大日本帝国憲法は公布されるまで一切内容を知らされず、一方的に「押しつけられた」ものであった。
 戦争の惨禍への反省の上に成立した日本国憲法とその理念が踏みにじられようとしている現在、改めて日本国憲法成立の過程を検討し、その意義について考える必要があるのではなかろうか。平和と人権を冒涜するような憲法を新たに押しつけられる前に。 

以上
posted by toratanu21 at 14:32| 主なニュース・ご案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする