2014年12月10日

「靖国神社とは何なのか」〜近現代史講座第5期第3回ご案内

kingendaisikouza2_R.jpg皆さま

いよいよ「特定秘密保護法」が施行され、「大本営発表」に左右されるような時代がやってきました。そして、戦争で死ぬことを美化するための装置、靖国神社もまた、その必要性が高まってきているようです。
今回はその靖国神社の歴史を掘り下げて考えていきます。
ぜひご参加ください。
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日本の近現代史 第5期 第3回
靖国神社とは何なのか 〜招魂社から靖国への疑問〜
レポーター:葛西よう子さん(女性史研究家)
日時:2014年12月13日(土)14時〜16時
場所:長崎県教育文化会館 401号室 (長崎駅前電停より徒歩3分)

※どなたでも自由に参加できます。参加費(資料代)300円が必要です。

【講座概要】
 幕末の戦争で最も多くの犠牲者を出した長州藩主は、1865年下関桜山に招魂社をたてた。民間信仰として受け継がれて来た御霊信仰=恨みを抱いたまま死んだ怨霊が災厄をもたらすのをおそれ、鎮めるための神社である。維新の志士を祀る招魂祭が年々おこなわれていた。江戸城が無血開城した直後江戸城内に神座がもうけられ、「叡慮=孝明天皇の志」によって永く「其霊魂を祭祀」するものだとしている。
 69年東京遷都と共に九段坂の幕府軍歩兵屯所跡に「東京招魂社」が建てられ、戊辰戦争の新政府側3588名の招魂式が行われた。「国家」としての日本が顕現されると共に東京招魂社は「靖国神社」と改名された。通常の神社は内務省の管轄だが、87年には陸海軍省専管となった。81年陸軍省が戦没者の忠節を顕彰するため境内に武器陳列場を建設「遊就館」と名づけられた。94年日清戦争が開始されると、その戦利品が続々と「遊就館」に収められた。1904年日露戦争開始。圧倒的な犠牲と国力を動員したこの戦争で、勅使が派遣され、06年には日露戦争の戦死者約8万名の招魂式が行われた。祭神を「英霊」と呼ぶようになり、戦争の激化に応じて「靖国で会おう」との言葉が使われた。
 1945年GHQは「神道指令」をだす。神社神道に対する特別の保護を禁止した。「宗教法人法」公布、一宗教法人として存続する他はなくなった。52年日本は独立、10月戦後初めての例大祭が行われ、昭和天皇と吉田首相が参拝した。独立と共に戦没者遺族等援護法が施行され、翌年軍人恩給も復活する。これの適用に戦犯が加えられた。A級戦犯については、78年松平永芳宮司の「東京裁判史観の否認」の意志が働いて密かに合祀された。68年キリスト教の牧師、角田氏が兄を霊璽簿から外してくれと要求したが、神社は拒否、朝鮮半島出身者21181人、台湾出身者2万7863人が祀られている。これらの遺族からの取り下げにも神社は応じていない。
 首相の参拝の公式、非公式問題、諸外国からの批判問題、など靖国にまつわる問題を分析、靖国が果たして来た歴史的意味を解剖したい。
posted by toratanu21 at 20:42| 主なニュース・ご案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする